2011年04月04日

センバツを振り返る



昨日、東海大相模高校の優勝で今年のセンバツが幕を閉じた。


今年は東日本大震災直後ということで開催すら危ぶまれた。「高校球児の夢を叶えてあげたい」というのが決め手となり、開催が決まった。だが、それだけではないような気がした。


創部113年目にして初出場の大館鳳鳴高校に城南高校。母校OBの人たちも心待ちにしていたことだろう。


「佐渡島から甲子園へ」の目標を掲げ、その目標を見事に達成し、甲子園にやって来た佐渡高校。甲子園出場が決まって島全体がお祝いムードに包まれた。本番ではアルプススタンドに佐渡島の人文字が浮かび上がった。


甲子園は、高校球児だけの夢ではなく、みんなの夢である。中止になっていたらどうだっただろうか?そりゃ、心中複雑な思いはあったかもしれない。でも、みんなの夢をぶち壊さなくてよかったとも思う。


甲子園から被災地へ戻り、すぐボランティア活動。練習再開の目処すらたってない東北高校には一際大きな拍手や声援が送られた。この拍手や声援こそが被災地へ向けられたメッセージなんだと思う。


私も今年は2度ほど、甲子園で野球を観させてもらった。前々から決めていたことで、震災が起こってからも自粛するつもりは一切なかった。開催すると決まった以上は球場に足を運んで、少しでも大会を支えてあげなきゃいけないと思ったからだ。


正直に言わせてもらうと、被災地の方たちに元気や勇気を与えられるような大会だったのかわからない。実感がわかなかったのだ。この答えはまたあとから出てくるものなのかもしれない。


ここに集う人の大半が関西在住の人だとは思うが、それらの人たちには関西以外の故郷がある人たちもいる。もちろん全国各地から人が集まってくる。外国人の方だっている。


球場通路の片隅では募金活動がおこなわれていた。私も少しでも役に立てればと思い、募金をした。


震災の影響で応援に来られなかった高校には他校の生徒や一般の方たちが駆けつけて、その高校を応援していた。


人は傷つき、同じような思いを抱き、日本全体が悲しみに包まれた。言葉(方言)や習慣や文化の違う人たちが1つのところに集まり、何らかの形で協力しあう。私としては今年のセンバツで助け合いの精神を学んだ。


がんばろう日本! のり




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この記事へのコメント
甲子園へ行きたくて高校を選んでいる子も多い。
私も野球部のマネさんやりたくて(ホントはプレイしたかったのですが…)高校選んだ。
高校でほぼ人生が決まってしまうかもしれないのに野球で高校を決めた子供達。
一度しか出場ないかもしれない憧れの甲子園。
誰でもあの場所でプレイできる訳ではない。
中止にならずに良かった。


でも決勝観れなかった。
県大会の高知高校VS追手前高校の決勝を観てました。
延長戦になりいろんな意味で
ちょっと凄い試合でした。
その後レクザム行きました( ̄∀ ̄)
Posted by toshie at 2011年04月04日 23:53
>toshieさん


あら、ハードスケジュールお疲れさまでした。


本当に高校生にとって貴重な大会が中止にならなくてよかったです。


高校野球は教育の一環です。


問題を起こす部員もいて、処分を受ける高校もありますが、名門校と言われる高校は礼儀などの教育もしっかりしているので、野球で選んでも問題ないでしょうね。
Posted by のり at 2011年04月05日 23:50
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